石野の歴史
石野の歴史 石野の歴史

石野の歴史

石野味噌の初代は、丹波森村の出身で森村屋庄兵衛と号し、天明元年(1781年)味噌の醸造を志し入洛しました。
醸造業に最も大切な良質の水を求め、平安遷都以前の旧鴨川の本流沿岸で銘水「石井筒」の湧出の地に店を構えました。
京都は清流に囲まれ、町の辻々に湧水の井戸のある、水の都。
特にかつて湿地だった朱雀大路の西には銘水の井戸が多く、茶道の家元の表千家や裏千家をはじめ、良質の水を求めて、料理屋や染物屋が集まってきました。
石野の仕込み蔵の隅に今も湧く地下水「石井筒」は、その銘水の井戸のひとつ。近くには鴨川の銘水、小野小町が産湯を使ったことで有名な「化粧の水」の遺跡も残っています。

銘水に出会い白味噌を世に送り出してから、石野は創業二百三十余年、九代にわたり連綿斯業を継承してきました。
近年、伝承の技術を近代設備に生かし、「石野の白味噌」、赤だし「京桜」他、味噌醸造業として今日に至っております。